ニ、演武に対する作法

1.演武する時の方向
神殿や上座に対して正座し演武することは、直接抜き 付けることとなる故慎しむべきである。故に場所の許す 限り、上座を少しく左方にして演武するよう心がけるべ きである。
2.演武を始める時の作法
(イ)
演武場に入る時は、鍔元を左手に持ち、母指を軽く 鍔にかけ、刃を上にして左腰にとり、下座より上座に 向って直立体のまま、刀を右手に持ちかえ、(この時 刀刃は後下に向き、鐺は前下方となる)体の右側に軽 く接して立礼する。

(ロ)
次に刀を左手に復し左腰に支え持ち、演武に適当な 位置に進み正座する。この時の位置は、演武の人員に より異なるが、一人なれば概ね道場の中央に、大勢な ればそれぞれ指示された位置とする。

(ハ)
正座する時は、目付はなるべく前方のまま、袴の裾 を右手にて左右に払い、左膝・右膝と床につき、爪先 に袴の裾がかからないように留意して正座する。左右 膝は二十糎乃至三十糎くらい開くが、全剣連制定居合 の場合は約十糎位膝先が開く程に座る。

(ニ)
正座した時は、刀は恰も左腰に差したような格好に、 左手を左股のつけ根近くに、軽く帯の所に接して刀を 保持している故、先ず、右食指を鍔の下に母指を鍔に かけて、刀を右前に腰より抜き取り、(この時左手は 左腰の位置で鞘を軽く抑える)鐺を右膝の右前方に刀 を立て、刃を手前(自分の方)に向けたまま膝前約三 十糎程の所に刀柄を左方に倒し、鍔を軽く床につけて 置く。この場合刀は最も丁重に取扱い、先ず鐺に眼を 注いで静かに床につけ、眼を次第に鞘より左方に移し て鍔に注ぎ、刀が道揺して音を立てないよう鍔を軽く 床上に置く。この時、刀の中央が我が体の中央前となる。

(ホ)
次に左手より先に両手を前につき、両手の目指と食 指とでつくる三角形の上に額がくる程にして刀に対す る礼を行う。次に、両手を前についたまま、徐ろに体 を起し、一瞬刀を見守った後、右手左手と股にとり正 座に帰る。刀に対する座礼は、手を床につく時左手を 先にし、体を起す時は右手を先に膝に取るのは、常に 右手(刀柄へのかかり手)を重視する故である。

(ヘ)
次に上体を少し前屈みにして、右手の人差指を鍔に かけて鯉口を握り、刀を右に起し、両膝の僅か前方中 央に刀を立て、鐺を軽く置き、鞘の下方約三分の一の 所に左手指を添えて下方(鐺)に撫で下して軽く鐺を 取り、刃を上にして腰に差す。帯刀は通常帯の間に差 すものである。この時、袴の紐は鞘下に二本、鞘上に 二本あるようにする。これは、演武中十分に鞘を保持 する為である。

(ト)帯の使用
正式には角帯を使用するが、この角帯も刀をよく保 持し、且つ腹の締りを程良くするため少し厚めのもの が望ましい。また、本絹の高価なものよりも、化繊で 少々厚目のものが鞘のすべりも良いようである。角帯 は帯刀すれば巾が広すぎて刀柄が自由になり難い故、 四回巻き得るものならば、二回は広い巾のままで巻き、 残る半分を二ッ折にして二回回して十分に締め、広い 二回目と二ツ折の間に帯刀すれば帯もしっくりするし、 また刀の所作も自由になる故非常に演武し易いものである。

(チ)
帯刀した場合、鍔の位置は通常体の中央とし、刀は 左後より少し右前方向に斜に帯刀しているようにする。

(リ)下緒の作法
刀に下緒をつけた場合、刀を帯するには、左手で下 緒の端より約三分の一辺りを食指と中指の間に挟み持 ち、(小指と薬指の間でもよい)栗形の方へ運ぴ輪を 作って、(わさ)鍔元鯉口の所を併せ持ち左腰に(左 腰骨)保持する。また、刀を膝前に置き、刀に対し礼 をする場合には、通常刀の棟に添わせて置くものであ るが、昭和三十七年高知市において、第二回四国地区 居合道研究会が催された時、第十九代宗家福井春政先 生が、「刀緒は色々な事に使用され、余り綺麗なもの でない故、刀の手前(自分の方)に置くようにしては いかがか」と、提言があり、一同挙げて賛否を決する ようなこともなかったが、その後、暗黙の内に刀の手 前に置く者が出来、次第に多くなって今日に至ってい る次第であるが、本来は、必ず刀の棟に添わせて置い たものである。また、刀を腰に差した時は、帯を隔て て後方に鞘にかけ、下緒の端を通常袴の紐に止めて置 くものである。また、下緒の長さについては、業前の 如何により、支障のないよう出来得る限り長く使用出 来るよう考慮して、袴の紐に先端を止めて置くもので ある。但し、下緒の使用方法は、名流儀によって用法 が異なる故留意すべきである。

(ヌ)
演武を終わった時の座礼・立礼は、概ね前記の方法 を逆行する。

(ル)演武の時の座り方
(A)正座の座り方
前方を注視しながら、膝を少し左右に開いて上体 を前に屈め、両膝の内側より右手で袴の裾を左右に 軽く払い、左膝・右膝と躓き、両足の母指を左右に 寄せ(又は母指のみを重ね)両踵に臀部を下ろすの である。この前屈みになり、足元を見ながら袴の裾 を左右に払うのを常とするが、対敵観念のもとでの 座り方としては、出来るだけ前方に眼を注ぎながら 裾払いをするのが良いように思われる。正座した時、 両膝の開きは概ね肩巾と同様にし、上体を正し、下 腹に軽く力を入れて、両踵の上に体全体を落ち着け るようにする。正座で留意すべきは頭の保持具合い である。顎をよく引いて、頭を真っ直ぐにするよう 常に心がけるべきである。

(B)立膝の座り方
立膝は、武者座又は公郷座とも言って、蓑座をす るものである。当流では立膝之部・奥居合之部です る座居の方法である。先ず両足を少し左右に開き、 右手で左膝の内側より袴の裾を左外側に払って左膝 を左前に躓き、爪先を立て、次に右足を少し中央前 に踏み出して、右手で右膝の内側より袴の裾を軽く 右外側に払い、臀部を左踵の上に乗せ、右足を概ね 左膝先の線位まで退いて立て、左右の手を両股の上 に置き上体を正しくする。この時、右足は小指側を 軽く床につけ、足の内側(土踏まず)を少々浮かし (立った者より見て足の裏が見えない程度)て右膝 を立てるのである。

(C)座居の姿勢
正座・立膝とも座った時は、鍔を引き、体を真っ 直ぐにし、両手は両股の上に内側に向けて軽く置き、 唇及び奥歯を軽く合わせ、胸を張り両腕を落し、腰 腹に十分気力をこめてゆったりとした心持ちで座り、 この姿勢が総て自然体であることが大切である。

(D)
通常座居の姿勢をとる時は、左膝を先につき、ま た、立つ時は右足を先にするのが習わしとなっている。